2006年3月7日火曜日

アンチエイジング診療の外ー10(びっくりドンキー)


久しぶりの帰省
先日久しぶりに2日間、連続で休暇を取ることが出来たので、北海道に帰省することにした。東京から北海道までは飛行機に乗ってしまえば一時間ちょっと、あっという間に到着する。いつでも帰れると思うから、逆になかなか実際には帰らない。東京に来てからの5年間を振り返ってみると、せいぜい一年に一度しか帰っていなかった。“故郷に錦を飾る。”ということわざがあるが、東京で多忙な生活をしていると、ある程度メドがつくまではとても故郷に戻る気がしない。故郷に戻れば、張りつめていた緊張が一気に緩んで、東京の生活に自分をリセットするのが億劫になるからだ。
上京して5年目になんとか開業に漕ぎ着き、それから一年が経過した。今後の見通しが立つようになったので、久しぶりに帰郷することにした。北海道に降り立つと、タイムスリップしたような気持ちになって、目に映る景色からさまざまな過去の記憶が蘇る。街並を見ていて気になるのは建物のメインテナンスがされないまま、至る所に錆びが目立つ建築物だ。過去10年間の日本経済の低迷が北海道のような地方へ直接影響しているせいなのだろう。街を歩く人々は高齢者が多く、日本社会が急速に高齢化していることを物語っている。六本木や銀座のような常に活性化された土地では見慣れない風景に、都市と地方の格差が現実的であることを感じた。

北海道の魅力
北海道の食べ物でなんと言っても美味しいのは新鮮なお魚などの食材だ。真っ先に食べてみようと思うのが、お刺身やお寿司。実際に食べてみると確かに美味しいのだが、東京でもある程度のお金を払うと、同じレベルの食材を食べることが出来る。これも物流革新の恩恵で、地方の新鮮な食材は、今や東京にいれば、簡単に手に入いる。食事の後は札幌市街中、どこでもある天然温泉でゆっくりすることにした。とても心地よい温泉で、ぼーっとしつつ、北海道は美味しい食材にしろ、温泉にしろ自然の恩恵に恵まれた場所であることを実感する。僕の友人の一人は札幌近郊で、温泉の湧き出る一軒家を購入して大変満足しているらしい。

びっくりドンキーのハンバーグ
特別な用事もなくふらっと訪れた旅行だったので、何をしたら良いのか時間を持て余しそうになった。普段、東京で次から次へと予定をこなしてゆくのとは正反対の感覚だ。家の車で僕が青春時代を送った札幌の街並を見に行くことにした。ふと通りかかった路先に“びっくりドンキー”と呼ばれるハンバーグ店が、20年前と同様にあった。あれから、20年の歳月が経っているのに、このレストランはいまだに存在していた。この店は純粋な道内企業で、調べてみると順調に成長しており、関東でも店舗を展開するようになっているらしい。
このハンバーグはソースの味付けが良く、美味しい割に安価だったので、その頃からとても人気があった。週末になると混み合って、北海道の店としては珍しく列を作ることもあった。定番のハンバーグ定食は480円で、サイズが大きくなるにつれて、値段もアップしてゆく。一番大きいサイズはハンバーグが400グラムで、値段は800円くらいだった。僕はその頃、20歳と活発な学生だったので、常にお腹を空かしていた。いつも一番大きなサイズを頼めたらどんなに幸せなことかと思っていた。でも、どうしても大きなサイズのハンバーグを頼むことは出来なかった。何故なら、普通のサラリーマン家庭で育った僕は医学生時代、家庭教師などのアルバイトでせいぜい、月1〜2万円程度のお小遣いしかなかったからだ。

失われつつある食欲
経済的にビッグサイズのハンバーグを頼めるようになったものの、あえて普通サイズのハンバーグを注文した。今の僕は学生時代、野良犬のようにお腹をすかしていた若者ではない。僕が医学生時代に受けた授業で、忙しく働く医師が教鞭をとっていたが、僕たち医学生に諭すように、「いいかい君たち、学生時代は暇があるけど、お金がないと嘆くかもしれない。でも、将来君たちが医者になったら、お金には余裕ができるけれど、時間がなくなるんだよ。世の中にお金も、そしてそれを使える時間がふんだんにある人なんてそうはいないからね。」と言った。この医師は当時、医師としてとても忙しかったのだろう。授業以外には暇を持て余し、だらだらと過ごす僕を含めた不真面目医学生に、時間の大切さを伝えたくて、そう言ったのかもしれない。これと同様に、若い頃は食欲旺盛だったが、それを満たすだけのお金がなかった。今はお金はある程度どうにかなるものの、かつての食欲はすでに失われていた。「これが歳をとるっていうことなんだろうな。」と実感するものの、過去に楽しい想い出と感じる余裕がある限り、歳をとることもそれほど悪いものではない。

時間が経っても変わらない味
大学を卒業して以来、食べることがとても好きな僕は、先輩の医師らとともに、さまざまな美味しいものを食べてきた。特に、東京へ来てからは生の食材を上手に工夫して、その味を引き立たせるイタリアンやフレンチ料理の味を知り、感動を覚えたものだ。舌の肥えた今の僕にとって、20年前大好きだったびっくりドンキーのハンバーグの味をどのように感じるのか、とても興味があった。このレストランは昔と変わらない内装の中、相変わらず家族や若者でにぎわっていた。注文したレギュラーハンバーグを食べてみると、その味は20年前の感覚と一緒で、とても美味しかった。このお店がここまで発展しているのも、この味は誰にでも普遍的に美味しく感じるからだろう。2月下旬の北海道はまだまだ寒く、東京と比較するとあらゆる面で引けを取るこの北の大地。しかし、経済的に優位に立つのだけが、素晴らしいことではないとも思う。北海道には東京のような大都会にはない、自然が有する何とも言えないおおらかさがある。久しぶりに北海道で感じたこの気持ちは、35年近く僕を育ててくれたこの土地への敬意に他ならない。

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