2006年3月28日火曜日
アンチエイジング診療の外ー14(ドイツ美容外科学会−2)
湖に囲まれたリンダウ
誰一人知り合いはいなかった。マング教授に挨拶をしたものの、忙しそうで僕の相手どころではない。勉強が終わる午後7時頃はまだ明るかった。勉強の後は何をするか迷ったが、何しろリンダウは湖に囲まれた、古くからの城下町で至る所にオープン・カフェが存在した。僕はビールが好きなので、このカフェでドイツのソーセージでもかじりながら、ビールを飲ことに決めた。それにしても、学会に来てから全く体を動かしていない。体を動かさなければ、ビールも美味しくないので、ジョギングでもしようかと思ったが、南ドイツの夏はやたら暑くて、とても走る気にはなれない。よく周りを見るとあたりは一面の湖で、その中で何人もの人が泳いでいる。「そうだ、泳げばいいんだよ!」と思って、大好きな水泳をすることにした。
結局、毎日手術研修の後は湖での水泳を日課にすることにした。リンダウは湖に突き出た半島を一周すると、丁度1.5キロくらいの距離がある。3、4日泳いでいるうちに、ついに僕はこの半島を一週泳ぎきった。ボーデン湖の水は思いがけずきれいで、とても気持ちがよかった。その後のビールは格別美味しかった。それにしても、学会に一人でやってくると、話し相手がいないのが辛い。一人ごとをつぶやいていても怪しいし途方に暮れた。小さな民宿のようなホテルに泊まったのだが、ドイツ語以外の言葉を話す外国人は珍しいらしく、サンキューくらいしか通じない。「まあ、一週間くらい辛抱するか。」と思って、ビールを飲み干しながらやり過ごすことに決めた。
ドイツで働く東洋人医師
このクリニックでの研修は3日で終え、その後はリンダウの街で美容外科学会が予定されていたので、この学会に参加した。学会はヨーロッパならではの雰囲気を味わえることが出来たとしか言えない。ドイツ語の壁があり、スライドを見る以外は全くわからない。仕方がないので、展示会場でうろうろしていると一人の東洋人が話しかけてきた。学会場に東洋人はほとんど居なかったので、珍しく思って話しかけてきたのだろう。彼は英語が話せたので、僕はほっとした。彼が何をしているのか聞いてみると、ドイツで開業している美容外科医師だった。出身はインドネシアで10年前からこちらで医師として働いているらしい。「ドイツで開業するインドネシア人?」と思って、さらに突っ込んだことを聞いてみた。この医師はインドネシアでは貧しい家庭に生まれたらしいのだが、どうしても医師になりたかった。しかし、米国に留学しようとしても、留学費用がない。そこで、成績優秀であれば無料で留学出来る国を探したところ、ドイツを見つけたとのこと。僕は彼にどうやって、ドイツ語を学んだのか尋ねてみた。彼は「無料で留学出来る場所がドイツしかなかったので、留学試験に合格するために、必死でドイツ語を勉強した。」と答えた。
僕は彼の努力に感心した。英語でさえ、身につけるのは相当骨が折れるのに、無料留学のためにドイツ語を習得してしまうガッツは並大抵のものでない。でも、どうしてもやろうと思って出来ないことはない。彼は、立派にドイツで美容外科医として成功しているのだ。彼は成功の証ともいえるドイツのスポーツカー、ポルシェを持っており、学会を抜け出して僕をドライブに連れて行ってくれた。ドイツの美容外科事情など、興味深い話も聞くことが出来た。同じ東洋人同士は西欧社会に出ると、同じマイノリティとしての固い結束力があって心強い。世界には彼のように、東洋人としてのハンデを乗り越えて一生懸命生きている人たちがたくさんいる。学会での新しい情報も大切だが、このようなガッツのある人間にあって、よい影響を受けるのも学会に参加する魅力の一つとなる。学会も無事終わり、帰国まであと3日。僕は行ける範囲で、プジョーでのヨーロッパ一人旅に出た。
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